スポーツと政治は切り離すことはできないのか? バルセロナのカタルーニャ独立騒動で思うスポーツ社会学について




スペインサッカーがかつてないほどの転換期を迎えているのかもしれません。

1日にリーガ・エスパニョーラの第7節が、バルセロナのホームスタジアム、カンプ・ノウで行われました。

対戦相手はラス・パルマス。

しかし、この試合はバルセロナのカタルーニャ州の独立投票の影響があり、無観客で試合が行われました。

DAZNで見逃し配信でこの試合を見ましたが、なんとも言えない違和感を感じながら観ていました。

選手の足音や普段聞こえない選手間同士、コーチングスタッフの声が聞こえるからではなく、無観客試合そのものに違和感を感じていたのです。

そう、政治の影響によって無観客試合になるということへの違和感です。

今回は、バルセロナのカタルーニャ独立騒動で、スポーツが取り巻く政治、社会について考えさせられたので書いていきたいと思いました。

大学ではスポーツ経営学を専攻していたので、このようにスポーツ社会学、スポーツマーケティングやスポーツビジネスを考察するのがとても興味があるというのもあります。

大学生に戻った気分にもなるので、こうしてブログで記事にできるって良いですね。

それでは、いきましょう!

サンタ
スポーツと政治を切り離すことはできないのかなぁ。

 

近代スポーツと政治の世界

バルセロナカタルーニャ独立騒動で思うスポーツと政治の世界について

近代スポーツと政治の世界は一体何が始まりなのでしょうか?

私が思う近代スポーツと政治の始まりは、1936年のナチス政権下で行われたベルリンオリンピックをあげます。

「国威発揚」「ナショナリズム」といった政治がスポーツを利用し、全世界へナチスドイツをアピールしたことで、スポーツと政治の世界が一気に広まりました。

もともとオリンピックは、平和の祭典として古代ギリシャで行われていたのですが、いまでは近代オリンピックと呼ばれるようになり、呼ばれるきっかけとなったのがこのベルリンオリンピックと言われているのです。

  • ナチスドイツによるベルリンオリンピックがスポーツと政治の世界を象徴した
  • 近代オリンピックはナショナリズムとしての付加価値要素が大きくなった

 

日本でも1964年に東京オリンピックが開催されました。

戦後まもないこともあり、このオリンピックのために様々な選手育成が行われるようになり、現代のオリンピックはもはや「国」を象徴するスポーツの祭典であり、ナショナリズムの色合いが強いなと思います。

RYUGEN
2020年の東京オリンピックは、1964年の東京オリンピックと何が違うのだろうか?

 

経済発展を担うスポーツナショナリズム

経済発展とスポーツナショナリズムの関係性

近代オリンピックがナショナリズムとしての要素が強いと同時に、スポーツが経済の発展に大きな役割を担うようになったのもひとつのスポーツナショナリズムの要素といえます。

スポーツがビジネスとして確立されるある大会がありました。

それが、1984年アメリカで行われたロサンゼルスオリンピックです。

実業家でもあるピーター・ユベロスが、それまでオリンピックは地元政府の経済的負担が大きく赤字続きのオリンピックを見事立て直したのです。

ユベロスが立て直したユベロスマジックは、その後のスポーツビジネスの根幹を作り上げることになりました。

ユベロスマジックとは

以下にて、ユベロスが行った3つのスポーツマーケティングをあげます。

ユベロスマジック

  • 公式スポンサーやサプライヤーとしての確立
  • 公式マークやロゴを使用した明確な権利設定
  • テレビの独占放映権の販売によるメディア価値アップ

たったこの3つだけで、巨大な収支を出し、2億ドルを超える黒字を出したのです。

このスポーツマーケティングの手法は、現代でも行われているものですから、ユベロスの功績がわかりますね。

このように、スポーツナショナリズムがスポーツビジネスとの関係性を大きくしているということが明確になりました。

権利やお金といった癒着は、現代スポーツの方がむしろ大きいと言えそうです。

イングランドのプレミアリーグが象徴的ですし、フットボールの市場はどこに向かうのだろうと思うこともあります。

 

民族としてのスポーツナショナリズム

バルセロナカタルーニャ独立騒動で思うスポーツと政治の世界についてサクラダ・ファミリア

今回のバルセロナのカタルーニャ独立騒動は、ここが一番大きな要因となるでしょう。

実はスペインは多民族国家で、州によっては様々な民族があり、スペイン人と一言ではいえず様々な民族から成り立っているのです。

スペインはカタルーニャ州の収入源を頼りにしている部分もあり、いつ独立騒動を起こしてもおかしくないほど独立心が強いカタルーニャ人に対して、スペイン政府はカタルーニャ語、民族運動の禁止をし弾圧も実施したことがあります。

しかし、今回のカタルーニャ独立によって、スペインはスペインそのものの象徴が大きく揺れ動く歴史の転換期にさしかかっているのではないでしょうか。

民族間のアイデンティティー、スポーツの影響力が拡大

アメリカのプロフットボールリーグ(NFL)の選手が、トランプ大統領の人種差別を容認しているのではないかとして抗議の意思行為が話題となりました。

それが、国歌斉唱をしなかったことです。

プロ野球・メジャーリーグ(MLB)にも飛び火となり、アメリカのみならず、この人種差別問題や民族間でのアイデンティティーがもたらすスポーツへの影響力がとても大きいことがわかります。

他にも、1995年の南アフリカでの自国開催ラグビーワールドカップで優勝した南アフリカは、当時大統領が反アパルトヘイト運動により27年間も獄中生活を余儀なくされたネルソン・マンデラがもたらしたこともありました。

サッカーでは記憶に新しいユーゴスラビアの民族間の内戦による分断で、セルビア、クロアチア、スロベニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナといったナショナルチームが誕生したこともありますよね。

民族間の内戦によってユーゴスラビアが分裂をするという、本当に衝撃的な出来事だと思います。

当時はまだ4歳ですので記憶にありませんが、サッカーに明け暮れていた中学生の時に、ユーゴスラビアのことを知り、スポーツと民族間の世界というものがかすかに私の心に残っていきました。

 

スポーツと政治は切り離すことはできないのか?

スポーツは政治によって大きく左右されていることがわかります。

政治利用を目的としたスポーツもあれば、経済発展の担い手として、しかし民族間でのアイデンティティーにより形成されるスポーツとの関係性。

総じて「政治」は「スポーツ」と切り離すことはできない状況にあると言えるでしょう。

今回のバルセロナのカタルーニャ独立騒動はまさに「スポーツ」と「政治」の関係性を色濃く映しています。

私はサッカーファンですので好き嫌いが無くどのクラブも楽しみに試合を観戦しています。

バルセロナがスペインリーグから撤退しようがしまいが、これからも注目していくクラブであることは間違いありません。

ですが、このように政治や民族間での内戦で選手同士がバラバラになったり、人が傷ついたり、人種差別問題で選手が悲しい思いをするのはとても悲しいことです。

今後のバルセロナの独立報道に注目していきながらも、スポーツ社会学については定期的に記事を書いていこうと思いました。

 

サンタ
スポーツがもたらす影響は計り知れないほど大きくなっています。政治、経済、民族紛争、人種差別、争うことなくスポーツを純粋に楽しむことはやってくるのでしょうか。
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りゅうげん

愛知県名古屋市在住。静岡県出身。好きなこと、思ったことを自由気ままに書くライフメディアブログ「DailyRYUGEN」を運営中。ブログを通じて少しでも役に立てる情報や、共感、共有できるよう発信していきます(^^)/